突然の事故!お口をぶつけた!そんなときには・・・

【はじめに】
【よくあるケース】
【歯が変色する理由】
【歯茎に出来物ができる理由】
【よくある質問】
【さいごに】

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【はじめに】
 保育園、幼稚園、小学校では小さい子どもさんが転倒や事故でお口まわりをぶつけて「外傷」ということで救急受診されることがよくあります。当院では「子どもは未来」の考えに賛同しているので、最優先で診させていただくように心がけております。もちろん園や学校に行っていない状況であってもそれは変わりません。(休診日は不可になります)
 状況はその時々でさまざまですので、一応はひかり歯科医院で配布・購入いただいている黄色いノートにもお口をぶつけたときの外傷対応チャートを載せています(本稿最後に紹介しています↓)。今回、その詳細な解説を含めてご案内します。

【よくあるケース】
A)当日、転倒や事故によりお口まわりにケガをした!
B)昨日、転倒や事故によりお口まわりにケガをしたが大したことは無いと思い、本日(翌日)受診しようと思った。
(ケガ=転んで顔から突っ込んで唇を切った!友達とぶつかって唇を切った!遊んでいたら歯をぶつけた!など)

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A)の場合、保護者や養育者の方は、まずは慌てないで状況の確認をお願いします。
①「ぶつけたけど血が出ていない」・・・経過観察
②「ぶつけたところは無事だが口の中を見ると血が出ている」・・・歯牙亜脱臼
③「ぶつけたところも気になるが、口の中が切れていたり血だらけ 歯が欠けている」・・・歯髄切断 抜髄
④「顎まわりで切れているが、歯がグラグラ、取れかけている?」・・・再植
⑤「意識障害が起こるほど顔面強打した!」・・・救急対応病院へ

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B)の場合、A)の①か②に該当するケースがほとんどだと思います。なるべく自己判断せずに一度歯科医院を受診されることをお勧めします。
なお、③、④、⑤の場合はそれぞれ状況に応じて判断しなければならないことがありますので、速やかに学校や幼稚園、保育園の先生の指示に従ってなるべく早く受診していただくようにお願いします。

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では、A)の①と②の場合について解説していきます。

①「ぶつけたけど血が出ていない」・・・経過観察
 この場合、(B)の場合も同様ですが、気になるようなら受診をお願いします。受付でぶつけた旨をお伝えいただければなるべく早めに対応させていただきます。そして、状況によっては外傷など見た目で問題ない場合もありますので、その場合はそのまま経過観察でもよい、ということになります。あとは恐れ入りますが、休診日なら翌日まで待っていただくことになりますが、経過観察なのでそれでも良いという判断になります。

②「ぶつけたところは無事だが口の中を見ると血が出ている」・・・歯牙亜脱臼
 外傷の訴えの場合、ほとんどが①と、こちらの②のケースになります。
 歯をぶつけた場合、見えないところ、気づかないところで外傷部位があったり粘膜に感染があったり、何か他にも症状が隠れているかもしれないので一度受診していただくことをお勧めします。
 この場合に、後々起こり得る歯の変色や根尖部への感染、膿が出ることについて知っていただきたいことがあります。それが次の画像にあるような場合です。

 こちらの写真は、上の前歯をぶつけてしまった数日後に受診されたお子さんのものです。まず、気づくところは歯が変色してしまっています。そして歯茎にプチッと出来物ができて膨れています。この変色は歯の神経がほぼ死んでしまったということを意味しています。また、出来物は歯の中の組織が壊死したり腐ったりして、歯の中の組織に膿が溜まってしまって腫れあがっていることを意味しています。


【歯が変色する理由】
 そもそも、歯にはその組織の中に構造として神経線維、動脈、静脈が存在しています(下図)。この動静脈はふつうに全身にあるものと同じ血管です。歯には、硬い組織であるため血が通っていないと思われがちですが、この歯の中にも血が流れているのです。


 外傷では、ぶつかったその瞬間、歯が一瞬動かされます。お口の中には雑菌が数百種類存在していると言われるくらいですから、外傷と同時に歯と歯茎の隙間から一瞬のうちに感染することがあります。その結果、歯の根の先にある非常に細い部分から歯の中に菌が侵入し、歯の中にある神経線維や血管が侵食され、腐っていくということになります。

 そうすると、血液は供給されなくなり、血液の流れはストップします。そうすると、血液中の酸素がなくなりますので、その結果、血はどす黒く変色します。歯の変色は、このよどんだ血液が透けて見えることで黒く見えるようになるのです。
 血の変色については、たとえば、大きなケガをして血がしたたり落ちるようなことがあると、最初は鮮やかな血の色だったものがだんだんどす黒くなるということから想像できると思います。これは血液に含まれる酸素が無くなってしまうからです。血液はその流れにより肺で酸素を受け取って心臓から全身に動き出します。そのため、新鮮な血液は鮮やかな赤い血液として存在しているのです。
 つまり、繰り返しますが、歯が変色するのは、血液の流れが止まってしまうからであり、そのどす黒くなった血液や組織の色が歯の表面の透明な部分から透けて見えるからだったのです。

【歯茎に出来物ができる理由】
 歯茎に出来物ができてしまうのは、歯の中の組織が腐ってしまい、歯の根の先では、その膿で骨が一部溶かされてしまうほどに膿がたまってしまうためです。

 これを放置してしまうと、根の先に膿はどんどんたまってしまいますので、どんどん大きくなってしまいます。つまり、この膿は骨を溶かしていき、膿の袋が大きくなっていくのです。
 その膿の袋が粘膜面に近づくほどになると、表面から見た場合粘膜面がぷくっと腫れあがったように見えることになります。それが上記の写真の出来物ができた様子です。ちなみに、ここで膿が大きくなっていくのは表面の方がほとんどなのですが、それは骨の硬さ・柔らかさの関係で、外側の骨の方が柔らかいため、外側(唇側)の方の骨を溶かしていくことになるのです。したがって、歯茎の外側がぷくっと腫れたようになり、膿の袋が小さな破裂をしてしまうような場合では膿が外に排出されるのです。出来物としての腫れが大きくなったり小さくなったりすることもありますが、それはこの歯茎にできた出来物の中にある膿が漏出したりふさがったりすることがあるからなのです。

【よくある質問】
○大人の歯に影響は無いのですか?

結論から言えば、ほとんどの場合は影響しないということになります。そもそも、子どもの歯が生え変わることによって大人の歯という全く別のモノに変わるため、子どもの歯の神経が死んだら大人の歯の神経はどうなるのか?という議論は成り立ちません。(=大人の歯の神経は無事ということです)
では、「ほとんど」、というと、「じゃあ一部影響することもあるの?」という疑問が出てくるかもしれません。その回答が以下の通りになります。

①大人の歯の生え方に影響する場合、・・・治療しないことに越したことはない
②大人の歯の構造体に影響する場合(〇〇の歯という現象が起こる)

ほとんどの場合は影響しないのですが、生え方に影響する場合と、歯の構造に影響する場合があります。それぞれについて簡単に解説します。

①大人の歯の生え方に影響する場合、・・・治療しないことに越したことはない
 大人の歯が生えてくるときは、顎の骨の中で子どもの歯のある場所に向かってずんずん出てくる様子があります。その際、子どもの歯の根っこの部分を吸収しながら出てくるのです(下図)。子どもの歯の根っこは吸収されていくので、どんどん根っこの部分が小さくなっていき、最終的には乳歯全体を支えられなくなって乳歯がぐらぐら揺れてきます。その結果、ポロっと抜け落ちるのが標準的な生え変わりです。


 生え方に影響する、というのはどういうことかというと、この大人の歯が乳歯の根っこを吸収するときに「人工物」が存在していると、それを避けようとして方向転換する働きがあるためなのです(下図)。この人工物というのは、通常は存在しませんが、虫歯や外傷(歯をぶつけるなど今回のお話にあるような状況)の場合に、根の中にある腐ってしまった組織を除去した後に替わりのモノとして填入しておくもののことを言います。一般的にはシリコンに似た形状のものになりますので、もちろん生え変わりの際に大人の歯はこれを吸収することはできません。したがって、これを避けるように方向転換してしまうことになるのです。詳しくは動画でもお話していますのでご参照ください。
え?こんなところから大人の歯が?

 そして次に、歯の構造体に影響する場合です。
 「構造体」とは?と、ちょっと難しい言葉になりますが、要するに大人の歯の形や表面の質に影響するということです。どのように影響するのかというと、少し茶色くなってしまったりざらざらした歯の表面構造になってしまうことがある、ということです(下図)。これは「ターナーの歯」といわれておりまして、検索すればいろいろな情報が出てくるみたいです(下図)。

 歯の表面構造としては、表面から「エナメル質」、「象牙質」、「神経組織(血管を含む)」という三層構造になっています。

 そのうちの表面にある「エナメル質」の作られている時期、つまり生え変わる前の6歳くらいまでの間に乳歯に何か問題が起こった場合、たとえば今回のお話のような膿がたまってしまうような状況があると、その根の感染による影響により大人の歯の表面構造に影響することがあります。しかし、これはあくまで確率的なことですから必ず起こるというものではありません。
 結果としてターナーの歯になってしまうことはあっても、それが外傷によるものかどうかは判断が難しいところです。生え方のリスクと、ターナーの歯になってしまうリスクをどのように判断するか、ということを踏まえて、治療するか治療しないでいるかを判断することになります。

○歯茎が腫れていても痛くないの?

 結論からいえば、ほとんどの場合は「痛くない」と言えます。そもそも子どもの骨は非常に軟らかいので、ある程度、骨の中に膿がたまってしまったとしても活発な代謝により骨に対して圧迫を加えることがありません。膿が溜まってしまった場合の痛みというのは、ほとんどの場合が骨に対する痛みなのです。したがって、大人の場合は骨が固いため、膿が溜まるほど、つまり菌の攻撃力が身体の防御力に勝ってしまうほどに、身体は抵抗力が無く圧迫を受け、激しい痛みを伴うことになるのです。一方、子どもの場合はそれがほとんどありません。むしろ柔らかい骨をつきやぶって粘膜から身体の外に排出する働きの方が先に起こるため、痛いと感じる前に膿が溜まることがほとんど無いということなのです。
 ただ、柔らかくない部分の骨に膿がたまってしまったり、排出できないような部分に溜まってしまった場合などではその限りではありません。そこは自己判断できないかもしれませんので、まずは一度歯科医院で診察してもらった方がいいと思います。

○歯の色はもとに戻らないの?
 歯の色が変色してしまったけれども、それが復活して元の色に戻るケースもあります。

 先ほど、歯の中の血管を流れる血流が滞って、変色した血液が透けて見えるということをお話しました。ということは、その血流が戻り循環するようになれば変色も元に戻るということがあり得るのです。特に、3歳を境にその確率は変わってきます。つまり、2歳から3歳前半くらいでしたら復活する可能性が高く、逆に4歳以降の年齢だとその可能性は低くなります。次の写真は4歳で外傷により来院した子の経過です。4歳5か月の時点で黒く変色していませんが、1週間後に来院したときはすでに黒く変色しています。ところが、4か月後に再来院したときには変色がもとに戻っています。こういった事例もあり得るということです。

 こうした変色がもとに戻るという理由はいくつかありますが、3歳までくらいでしたら再生能力が非常に高く、4歳以降でしたらそれが弱くなるか、あるいは生え変わりの準備に入っているということで血液の循環が少なくなっていることが考えられます。いずれにしても、膿がたまって腫れてしまうなどのトラブルにならなければある程度は許容していただくしかありません。

○ぶつけた記憶が無いのですが、ぶつけていないのに腫れがでたり変色したりするのですか?
 実際にぶつけた、ころんだ、などの外傷になるような現象が起こらかなったら、腫れたり変色したりは無いと思います。ただ、子どもさんというのは何が起こっても不思議ではありません。一瞬目を離したすきに、気づいたら歯をぶつけていた、ということもあります。保護者が気づかないところで起こることもあります。たとえば、誰かに預けていた時に、預け先で気づかないうちにぶつけていた、転んでいた、なども可能性としてはあり得ます。また、保育園や幼稚園でもお友達と遊んでいる時に外傷の原因になるようなこともあり得ます。

〇今回何も処置がない場合、次回以降ではどのようになったら受診すればいいですか?
 外傷でA)の①または②の状況で来院された場合、基本的には
・翌日の消毒
・1週間後の経過観察
・1か月後の経過観察
・3か月後の経過観察
という流れで来院していただくようにお勧めすることが多いです。ただ、状況によっては翌日の消毒は不要だったり3か月後の確認だけで良かったりすることもあります。
 特に指定が無い場合は、ここまでの解説で分からない事象が起こった場合、または、またすぐ外傷になってしまった場合、というときにご連絡いただけるといいと思います。

【さいごに】
 2歳くらいまではよちよち歩きをすることがあるため、転ぶことが多いものです。よく転倒することを前提にあわてず対応することが大切です。一度外傷の経験がある子どもほど同じように外傷によりトラブルを起こす確率が高いのも事実です。とはいえ、ずっと監視しているのも大変です。ある程度元気でいるという証拠でもあるので、家庭の事情が許せばぶつけて歯が抜けてしまった場合も元気な印として許せるくらいがちょうどいいかもしれません。安心材料のひとつとしてクリニックを活用していただければ幸いと存じます。