親知らずにお悩みの方、抜歯を検討中の方へ

【はじめに】
【そもそも親知らずは抜いた方がいいの?】
【親知らずを抜かないでいるとどうなるか】
【親知らずは上顎を先に抜く理由がある】(補足)
【まとめ】

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【はじめに】
 ヒトの永久歯は親知らずを含めて全部で32本あります。それがすべてきちんと生えそろっている方は割と珍しい方かもしれません。なぜなら、現代人は顎が小さくなっているため、本来ヒトとして備わっている規定の本数が収まりきらないから、という説があります。ただ、実際のところは個人によっても違いますし、古代人骨を見ても親知らずが埋もれていて生えていないケースもあるため、まだ研究中という段階です。そのため、こうしたものは一般論としての考え方としてとどめておいてください。

国立科学博物館のバックヤードにて撮影

【そもそも親知らずは抜いた方がいいの?】
 では、よく質問されるこの「抜いた方がいいかどうか問題」ですが、結論から言えば、個人の状況によって変わってくるということになります。この「個人の状況による」というのは医療の助言としては当然なので恐縮ですが、以下に細かく分類して解説してみようと思います。それぞれお悩みのケースに当てはめてみてください。

①親知らずの頭が少し出ている場合(上あご)
結論:たいていは抜いた方がいい
理由:まず、骨のタイプで言えば、上あごの骨はとても柔らかい構造をしています。一方、下あごの骨は皮質骨が主となり、オトガイ部(顎先部分)なんかは人間の急所になるため、それを守るためにも非常に硬い構造をしています。オデコやヒザの骨の硬さに近いものとイメージしていただけると分かりやすいかと思います。そして、上あごの骨は脳に近いところにあったり耳や鼻、目といった繊細な神経器官に近いところにあるためヒトの進化的にも複雑で複数の細かい骨が折り重なるように配置されています。そのため、構造としてはスポンジ状の「海綿骨」と言われるようなスカスカの骨が主となり、それが複雑に絡まるように作られているのです。
 そのため、抜くとなった場合に一般的に言う「親知らずは抜くのが大変」というのは、固い骨に埋もれた「下あごの親知らず」のことなので、上あごに大変ということは当てはまらない=上あごは簡単、ということになります。もちろん技術的に難易度がわかれる部分はあると思いますが、一般的にはどの歯医者さんでも難しいとは言われないと思います。
 また、親知らずの頭が少し出ているという場合は、その手前の歯に対して磨きにくさだったり食べかすが挟まりっぱなしだったりすることがあります。歯は表面が非常に硬いエナメル質という組織でおおわれており、それは虫歯に対してもある程度の耐性を持っています。しかし、エナメル質に覆われていない部分、歯の根元の部分などはその耐性が非常に弱いのです。したがって、親知らずの頭が少し見えている=手前の歯の根元に食い込んでいる、ということになり、その食い込んでいる部分は非常に虫歯になりやすいのです。さらに、そういったところは治療もしずらく、結果として親知らずも抜いて、手前の歯の神経も抜かなければならなくなった、なんていうことになりかねないのです。
 これらが、①で「たいていは」抜いた方がいい理由になります。
 なぜ「たいていは」となるのかというと、そもそも虫歯リスクが低い人の場合は先に書いたような虫歯になって手前の歯をダメにする可能性は少ないですし、上あごの骨は柔らかいので、いつでも抜くことはできます。したがって、気持ちの整理がついたら、だったり、少しの間そこに残しておいて、仮に他の歯がダメになったりしたときに移植歯(ドナー)として活用することも可能なので、あせって抜く必要も無い、という考え方もできるからです。

②親知らずの頭が出ていないけど割と出てきそうな場合(上あご)
結論:場合により抜いた方がいいが、そのままにしても大きな悪影響はないこともあり
理由:本格的に上あごの親知らずが悪さをするのは、頭が出てきてからがほとんどです。この場合は、もし歯周病に対するプロービング検査をして、親知らずを「カチッ」と触れることがあれば要注意になります。なぜなら触れるということは親知らずは完全に埋もれていない=外界と交通している、ということになり、菌も親知らずが隠れている中の方に入り込むことができるからです。そうすると、①で解説したような虫歯リスクが高いような人の場合、顎の骨の中で菌(ここではいわゆる虫歯菌や歯周病菌)が悪さをすることがあるのです。ただ、ほとんどの場合は害が出るほどの悪影響はありませんし、①にあるように移植歯(ドナー歯)としても活用できるという利点があるので、決して積極的に抜かなければならないというものでもありません。

歯周病プロービング検査


③親知らずの頭が出ていない、深く埋もれている場合(上あご)
結論:ほとんどの場合は抜く必要はない
理由:①、②に解説したように、外界と交通していない=菌が入り込まないということが言えます。また、いざ抜くというときでも骨が柔らかいので抜くことに難しさはありません。当然移植歯(ドナー歯)としての活用にも残しておく利点があります。
 親知らず=抜くべき、という気持ちが固まってしまっている方にとってはモヤっとする話かもしれませんが、当院では積極的に抜くことはお勧めしていません。ただ、将来的に出てくる可能性が少しでもあって、出てきたときに抜かないといけないリスクを感じた場合には抜くことを考えてもいいと思います。

④親知らずの頭が少し出ている場合(下あご)
結論:抜いた方がいい
理由:下あごの場合は骨が硬い組織であることは先に解説した通りです。したがって、抜くとなるとメスで切ったり歯ぐきをめくったり骨を削ったり、多くの場合は歯を砕いて抜かなければなりません。当然ながら埋もれているため砕いて抜くことがほとんどです。したがって、上あごで解説したような移植歯(ドナー歯)として使えるような利点はありません。

 では、なぜそこまでして親知らずを抜く必要があるのか、というと、放置しておくことで菌の感染が起こりやすくなり、①で解説したように手前の歯に対して害があるためです。その場合、手前の歯の神経まで虫歯が到達してしまい、神経を抜くはめになってしまうことがあります。このような頭が出ている親知らずのタイプは、10代~20代のうちに分かっていることがほとんどです。そのため、時間があって回復も早い若い時期に抜くことをお勧めしています。

 若いうちに抜きましょう、というのも理由があります。それは10代よりも20代、20代よりも30代、30代よりも40代になるにつれ、骨が硬くなってしまい埋もれた親知らずが抜きにくくなってしまうからです。たとえば、木材に打ち付けた釘はペンチなどを使い、なんとかグリグリすれば抜くことができると思います。それが若い骨です。一方、コンクリートに打ち込まれた釘はグリグリやっても抜けません。それが年齢を経て硬くなった骨というイメージです。この場合、周りを削って嵌っている部分を取り除いて抜き取ります。ただ、人間の体は削れる部分が限られています。骨と歯が癒着してしまった場合はどんなに動かしても抜けないことがあります。それが40代以降では顕著にあらわれてくるのです。
 もし抜くタイミングを逃してしまい、50代以降で親知らずにトラブルがあって抜かなければならない、という事態になったらある程度大変になるリスクは許容しなければならないと思います。要するに、抜くことのメリットと抜かないメリット、それぞれのデメリットのバランスによって決めていくことになります。

⑤親知らずの頭が出ていないけど割と出てきそうな場合(下あご)
結論:抜いた方がいい
理由:この場合は、上あごの②にあるように歯周病のプロービング検査により親知らずが外界(お口の中)と交通していることがほとんどの場合になるため、感染しやすいという意味では④と同じく抜いた方がいいという考えになるからです。また、さらに手前の歯の根元を虫歯にしてしまうことに加えて、感染により親知らず自体が膿を作り出す嚢胞体となってしまうリスクがあるからです。もし嚢胞化した場合は、下あごの骨が大きく溶かされてしまい、場合によっては骨が薄くなるためポキッと折れやすくなってしまうこともあります。また、嚢胞化ではなく、非常にごくまれにですが腫瘍化する可能性もあります。
 また、④と同じように、もし抜くのであれば早ければ早いだけ良い、ということになります。年齢を重ねてしまうことで骨が硬くなってしまうため、抜くのも抜かれるのも大変になるからです。
 ヒトの体なので、将来どうなるか分かりません。将来的なリスクをまったく排除したい、という気持ちがあれば抜いた方がいいということも言えます。


⑥親知らずの頭が出ていない、深く埋もれている場合(下あご)
結論:必ずしも抜いた方がいいわけではない
理由:微妙な結論になり、少し釈然としないかもしれません。深く埋もれている場合は当然ながら歯周病検査で外界と交通していないことが考えられます。その場合は感染経路さえ出現しなければずっとそのまま埋もれたままになることも考えられます。

 しかしながら、もし歯周病が進行してしまい、手前の歯の歯茎から菌の感染が起こって膿んでしまった場合は⑤と同じような状況になります。また、盲点になりがちですが、手前の歯の神経を抜いた過去の治療により、その手前の歯の根っこの先に膿が溜まってしまった場合、その膿溜まりの場所から親知らずに感染が起こってしまうことも考えられます。
 また、そこまで深く埋もれている親知らずの場合は、下歯槽管といって下唇の神経の近くに存在していることになります。もし、抜くときに下歯槽管を傷つけてしまった場合は下唇の感覚麻痺がおこってしまうリスクもあります。(もし起こったとしても運動神経ではなく感覚神経なので症状固定といって気にならなくなる場合がほとんどです)下あごの親知らず抜歯は口腔外科の手術になりますので、いくつか偶発症として後遺症などのリスクがあるのも事実です。それらを踏まえた上で、将来的なリスクと抜くメリットのバランスを考えて結論を出していただいた方がいいと思います。したがって、「抜いた方がいい」とまでも言えないことがあり、「必ずしも抜いた方がいいわけではない」という結論になります。

【親知らずを抜かないでいるとどうなるか】
ここでは最大限のリスクとしてどういう状況が想定されるかを挙げていきます。
<上あごの場合>
○歯茎がはれる・・・噛めないことは無いが、痛くなる
○手前の歯に対する虫歯リスクを高める・・・普通の虫歯として痛くなる
○親知らず周辺の歯周病リスクを高める・・・痛くなる、思い感じになり、違和感が大きくなる
○歯が伸びて頬の粘膜をこすってしまう=イーっと噛めない・・・痛くて噛めない

<下あごの場合>
○歯茎がはれる・・・痛くて噛めない
○手前の歯に対する虫歯リスクを高める・・・普通の虫歯としては痛くなる
○親知らず周辺の歯周病リスクを高める・・・頬の粘膜が腫れあがり、噛むと痛くなる
○歯が伸びて歯茎の粘膜を裂けて出てくる・・・何もしなくても痛くなるが、痛み止めを飲めば数日で治まる

【親知らずは上顎を先に抜く理由がある】(補足)
 ここまで上あごと下あごの親知らずについて解説してきましたが、結論としては抜いた方がいい場合が多いように思います。そして、抜いた時の腫れ方などの関係から、腫れにくい上あごを優先して先に抜くことが多いです。上あごの親知らずが生えているのに下あごを先に抜くと、歯茎や頬が腫れて上あごの親知らずが頬粘膜をこすってしまい痛くなるリスクがあるためです。
 もちろん場合によっては時間やスケジュールの関係で下あごだけ抜く、上あごだけ抜く、というだけでも十分なことがほとんどです。親知らずは普段から磨きにくかったり、そもそも見えにくい場所に存在するものですから、レントゲンで状況を確認して、個人個人にあった治療計画を立てていかれることをお勧めします。

【まとめ】
○親知らずは、完全に埋もれている場合でない限り、できるだけ早い時期に抜いた方がいい
○放置することは戦略的放置として将来のリスクとのバランスで判断する
○上あごの親知らずは、抜かないで将来の移植歯(ドナー歯)に利用するメリットもある